https://www.asahi-net.or.jp/~np9i-adc/

劍と金の使ひ分け
2022-11-02


禺画像]
『アメリカの實力』棟尾松治 著 朝日新聞記者  

 第七章 アメリカ帝國主義、領土擴張

  (181-182頁)
 二 劍と金の使ひ分け

 アメリカが今日の尨大なる合衆國を建設したのは、劍と大砲の威力と、金、ドルを好餌としての買収懐柔の結果である。言ひ換ふれば、劍と金とで、國家を建設擴張して來たのである。
 即ち英國の植民地たりし米國が獨立したのは、劍を以て立つたのであり、その後ルイジアナをフランスより買取り、フロリダを西班牙より買收し、進んで墨國傾土に侵人を企て、テキサス、オレゴン、カリホルニア西部地方を收め、アラスカ及び、アリユーシヤン群島を露國から買取つた。進んで太平洋に出で、布哇を併合し、米西戰爭によつて、比律賓、グアム島、ポルト・リコを割取したのである。或は太平洋緒島を收め、巴奈馬運河地帶を課略によつて獲得し、更に、中南米諸國をその勢力下に抱擁しつつある。
 合衆國の獨立は、劍を以て起ち、血によつて戰ひ取つたものであるが、その後の膨張發展は、金を以て購つたもがが多い。ドルの魅力――金の魔力を縱横に使ひ別け、その目的を達し、金ばかりで、どうにも行かぬ時に、大砲をぶつ放すといふ行方である。米國の帝國主義、その發展擴張史は、好くアメリカ人 の性格を顯はしてゐる。以下簡潔に成べて見よう。

 (182-185頁)
 三 米國獨立戰爭

 コロンブスの新大陸發見(一四九二年)より新大陸への渡航者は増加したが、就中、北米合衆國の基礎を作つたものは英國人である。一六二〇年彼のメリーフラワー號に乘じて新天地を求めて渡航して來た英國人清教徒百二十人の一群が、アメリカ開拓の先驅者である。
 彼等は上陸に先立ち、船中に於て『コムパクト』と稱する一盟約を結び『將來制定されるべき法律に服從する義務を負ふ』ことを誓つた。彼等は、如何なる困難に遭遇するも歸國を圖らず、不撓不屈の精~を以て開拓に努めた。彼等の開拓精~は、今尚アメリカ人の血として脈打つてゐるのである。
 これよりイギリス人の移住波航者が殖へ、英國の有望な植民地と化した。
 當時の英國政府は、アメリカ植民地を搾取するに急であつた。殊に一七六五年の印紙條例はその代表的なものであつた。同印紙條例は、英國議會に於て制定されたもので、英領植民地に於ては一切の契的證書は印紙を貼用せざれば無効とし、甚しきは新聞紙、書籍、遊戯カード類、商店の廣告用印刷物に至るまで印紙を貼用する法例を實施した。
 アメリカ植民地の住民が一齊に猛烈に反對し、ベンジャミン・フランクリンをイギリスに派遣して不合理を説かしめたので、英國政府は、印紙條例をその翌年撤廢したが、今虔は諸種の税法を設けて、酒類、油類、鉛、紙、茶等の輸入品に高率な税金を課し、且つ一般市民の營業にも繁雜な手續法を定め、植民地人の自由を拘束し、之を搾取することを怠らなかつた。かくて植民地人の英國に反對する者多く、獨立せんとする氣風が起つたのである。
 一七七三年ボストンの市民が、英國船の積荷たる茶を海中に投棄した頃より、植民地人は、一致して英本國に對抗、戰備を整へてゐたが、遂に獨立運動の導火線たるレキシントン事件が起つた。
 一七七五年四月十八日、英軍の 首將兼マサチユセツツ州知亨トーマス・ゲージ將軍は、獨立派の巨頭サミエル・アダムス、ジヨン・ハンコックの兩人が、ボストンの北西約十五哩、レキシントン村に潜伏してゐることを探知し、同夜スミス大佐に八百の正規兵を附し逮捕に向はしめた。
 翌朝、レキシントンの獨立派民兵一部とスミス大佐の一隊と衝突、始めは英の正規兵軍が強かつたが、随所に民兵蜂起し應戰したので、正規軍は退却敗走したのである。これが獨立戰爭最初の戰闘であり、米軍の勝利となり、その精~的影響は、獨立戰爭の全期間を通じて支配し、その負けじ魂の精~は今日に傳はつてゐる。米國海軍の大航空母艦に、レキシントンの名ある所以である。

続きを読む


コメント(全0件)


記事を書く
powered by ASAHIネット